卒業ボタン
 過ぎ行く季節はいつも足早に過ぎ去っていくのに、冬から春にかけてのこの時期は、目に映る何もかもが停滞しているように見える。
だから錯覚してしまう。今までと変わらず全てが進んでいくのだと。
でも、本当は違う。目に見えないところで、少しずつ、確実に。螺子は動き続けている。
 今日は、俺達の卒業式だ。
「うわーっ、信じらんねー! みんなボタンって誰のでもいいのかよー!」
 悲鳴に近い声を上げてバタバタと走ってきた奴の制服の上着は、女子に揉まれて姿を消していた。走ってきた奴はといえば、
「お前上着すごいなー、ボタン一つ残ってないぞ」などと感心している。制服ごと奪われた奴に言われたくはなかった。
 結局、最後まで鈍いまま。
「…にしても、寒くないか」
「ああ、へーきへーき。もう少し寒かったらヤバかったけどな」
 奇妙にあいた卒業式までのズレは、実はこの為かもしれない。いや、大方学校の都合だろうが。
「おら、忘れんなよ卒業証」
 先程受け取ったばかりの証書を、指で器用にくるりと回す。
「んー、めんどいな。置いてくか」
「――…」
 それが、いつも教科書を置いていく時のようにごく自然と出てきた言葉だったので、二人は数瞬言葉を失った。
もう明日から、この学校の生徒ではないのに。持て余した喪失感に、卒業証が入ったままのケースで目の前の頭を叩いた。
「イタっ、わかった、持っていく、持っていきます――!」
「よろしい」
 忘れ物がないことを確認して荷物を詰めていく作業は、制服の裾が揺れて机で擦れる。
止めようにもボタンがないので無理だ。
「でもさあ、女の子って無邪気だよなあ」
 よく教師から叱られていたテラスから身を乗り出した形で、下で騒いでいる女子を見下ろしていた。
嬉しそうに笑って手に握っているのは、多分、どこかの誰かのボタンだろう。
それは奴の物でも、自分の物でもありうる事なのだ。少し、奇妙な感じがした。
 くるりと向き直った奴と、目が合う。
「心臓に近いって意味なら、シャツのボタンの方がさ、近くないか」
 ――心臓に。
 とんと、自分のシャツのボタンを叩いた。
「…エロいよ、それ」
「なんでさ」
「お前制服とられたじゃねーか。シャツ脱がしてってことかよ」
 そういうと、奴は酷く傷ついた顔をした。その顔は、やばい。ワザとだ。絶対に何か考えている。
「ボタン全部ない人に言われたくありませーん。シャツの前全開のがよっぽど、エーローイーでーす!」
 このっ、ヘンターイ! と叫びながら教室を出て行く。最後に教室を出る文句が、…それか。
「待てこのヤロウ!」
 荷物をひっつかんで教室を走り出る。二人分の荷物がガタガタと音をたてた。





空木波里さんより頂いたSSSです。
波里さんのHPの一周年企画が、何でもリクエストしていいよ〜な企画だったので書いてもらいました☆
波里さんのSSSはいつもとても良いのですよ!

卒業ボタンですよ、青春ですねー
そしてほんのりアレな感じで…私は好きなんですけど(笑)
そういえば、うちの中・高の学ランにはボタンがなかったな…

企画やってるうちはこんなステキなSSSの他にも、詩やイラストもリクエストできるのでぜひ波里さんのHPにいくべし!!

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